4.英文法は自然には身につかない
日本に住む一般的な子どもにとって、英語は外国語
では、英語習得のポイントとなる英文法の理解は、自然に得られるものなのでしょうか。
この点を考える前に、冒頭の「注意すべき二つの点」で述べた二点目を、はっきりさせておきましょう。すなわち、どんな言語環境を前提とするのか、という点です。日本に住んでいて英会話教室に週に何回か通う子どもと、英語圏で生活している日本人の子どもとでは、言語環境がまったく異なります。当たり前のことですが、この点を混同してはならないと思います。
もちろん、私たちが想定としているのは、「外国語として英語に接する環境」です。なぜなら、英語を習い始める子どもたちの多くにとって、これが一般的な環境だからです。両親あるいはその片方が英語を話す家庭だとか、長い海外生活の経験がある帰国子女とか、そういうケースは除いて考えます。
また、週1回とか毎日2時間とか、英語に触れる頻度も関係するだろう、と思われる方がおられるかもしれません。しかし、身につく程度やスピードには多少の差が生じるでしょうが、「自然に身につくかどうか」についての結論は変わらないと思います。いずれにしても、英語が外国語であることに変わりはないからです。
母語環境と外国語環境の決定的なちがい
私たちにとっての母語である日本語は、日常生活の中で「自然に」身につきました。それは、日本語の文法を身につけるための言語体験が、生活の中で十分に与えられていたからです。あるいは「自然に」身についたように見えて、実は日常的にトレーニングを繰り返していたと言えるかもしれません。
最初は、見よう見まねというか、聞きよう聞きまねで、ともかく言葉を使ってみる。それを繰り返したり、訂正してもらったりしながら、少しずつ正しい使い方ができるようになる。だんだんとスピードも速くなってくる。これが可能だったのは、どっぷりと日本語に浸かって生活をしてきたからです。
さらに母語の場合、それが生活に欠かせない、という点も忘れてはなりません。「身につけないことには生活が成り立たない」といった切迫した状況が、母語については存在するのです。
一方、外国語の場合、その言語に触れる時間は母語に比べてはるかに少なくなります。また、その言語を身につける必要性も母語とは比べものになりません。つまり、母語の場合とは異なり、文法を「自然に」身につけるだけの十分な言語体験が、量的にも質的にも決定的に不足しているのです。
単に時間だけを比べればよいというわけでもないでしょうが、多くの学者が言語に触れる時間について計算しています。たとえば、「母語環境ではその言語の基礎が身につく5歳くらいまでに、少なくとも2万時間を超える言語刺激にさらされる。一方、外国語として英語に毎日3時間接したとしても、同じだけの時間をカバーするには18年くらいかかってしまう。」というようなものです。
外国語環境において、英文法は自然には身につかない
「日本人は日本語の文法を自然に身につける」、あるいは「アメリカ人も文法など意識せずに英語が使えるようになる」。これらの意見については、否定する余地はありません。その通りです。しかし、それらは母語環境だから可能だったのです。
日本でふつうに生活する人にとって英語は外国語環境として存在します。それは、英文法を自然に学び取るための十分な言語体験が、質的にも量的にも決定的に不足していることを意味します。このような環境でも、簡単な英単語や表現くらいなら、「自然に身につく」でしょう。しかしながら、英文法の理解を経験則から得るには、言語体験の絶対量が圧倒的に足らないのです。
そうすると、「言語体験の絶対量をもっと増やせばいいのではないか」、つまり「母語環境に近い環境を与えてやればいいのではないか」と考える人もいるでしょう。しかし、母語環境と外国語環境の差は、レッスン時間をちょっと長くするとか、週あたりの回数が増やすとか、家庭でできるだけ英語に触れる時間を作るとか、そういうことで埋めることができるものではありません。
帰国子女や国際結婚をした親を持つ子どもたちでさえ、日本で暮らしつつ英語を自然に習得することはそう簡単ではないようです。それくらい、母語環境に匹敵する環境を用意することは難しいのです。
インターネットで検索すると、「英語子育て」などと呼ばれるものに多くの人が興味を持っていることが分かります。実際に試みる人も多いようです。もちろん中には成功例もあるはずです。しかし、そのための時間的・労力的・金銭的な負担が相当であることは、もっと認識されるべきでしょう。さらに、失敗例というか、失敗というレベルにも至らずに断念した例も、かなりあるはずだと考えるべきでしょう。
補足としてイマージョン教育のこと
せっかくなので「イマージョン教育」についても少しだけ紹介しておきましょう。「英語は自然に身につくか」というテーマに関連するものですし、お子さんの英語教育に熱心な方なら、気になっているおられる言葉だと思うからです。
「イマージョン教育」の正確な定義や分類は、他のウェブサイトなどを見ていただくとして、それを一言で言えば、「目標とする言語を使って他の教科なども学び、その言語に浸りきった状態(イマージョン)でその言語を身につけようとする教育方法」です。つまり、数学や理科などの教科も授業は英語で行われるのです。
日本では加藤学園がその先駆例として有名で、賛否両論ありますが、ともかく注目されている取り組みだと言えるでしょう。私たちに分かることは、母語環境に匹敵するような環境を本気で作り出そうという取り組みであること、そしてそれは「自然に楽しく」とは別次元のものであること、金銭的にも労力的にもかなりのコストがかかること、くらいです。
このイマージョン教育の是非を語るだけの経験や知識は、私たちには到底ありません。ただ、保護者の皆さまにお伝えしておきたいことは、このイマージョン教育という言葉を宣伝文句に使った英語教室や英語教材が出てきているということです。「幼いころから始めればネイティブ並みの英語力も夢ではない!」という宣伝文句を、「いま最も注目されているイマージョン教育を取り入れた!」に取り替えただけのような業者は信用ならない、ということです。
幼児期は「イマージョン教育」を掲げる100%英語保育のプリスクールに入れて「自然に身につく」ような気がしたけれども、小学校に入学してからは同様の英語環境を用意することができず、結局は英語学習そのものが自然消滅した、というのはよくある話です。