オーシャン・グローバル・ネットワーク PTY LTD

検索


Isao Honda

現在位置: メイン > OCEANライブラリ > スタッフ雑記 > Isao Honda > 一宮ロータリークラブ講演内容

一宮ロータリークラブ講演内容

「日本の英語教育とグローバリゼーション」

平成17年9月22日
オーシャン・グローバル・ネットワーク PTY LTD
代表取締役 本多 功

 私は、現在、外国人英語講師を有効活用した日本の児童英語教育に携わっております。具体的には、①直営の英会話教室の運営・②外国人英語講師の派遣・③私立幼稚園における英語教育支援、④FC事業・⑤公教育の英語支援・⑥留学サポート・⑦児童英語教材の出版等を行っております。
 
 ご周知のように、近年、日本の教育は暗澹としております。バブル経済破綻後、戦後続いてきた日本のシステムそのものが機能しなくなり、政治も経済も新機軸を必要とする過渡期を迎えている影響は少なからず教育にも反映しています。物質面では豊かになったものの、社会で生きる大人たちが右往左往し、子供たちに胸を張って明るい将来像を見せられないでいますから、子供たちは当然明るい希望が持てません。短絡的に身近な快楽に走る子どもたち、目的が持てない子供たちがここ数年で急増しているのは、ある意味日本の大人社会を見事に映し出しているように思えてなりません。
 
 文部科学省も試行錯誤を繰り返している感があります。「ゆとり教育」といって学校完全週休2日制にしたものの、各方面から「基礎学力の低下」を指摘され、方向転換を余儀なくされています。
 2002年度より「生きる力を育む」ために、「総合的な学習の時間」という試みが行われております。ちなみに、文部科学省の目指すところの「生きる力」とは次の3点を指すようです。

1)自らの力で生きる力(=自立性)
2)他と共に生きる力(=協調性)
3)国境を越えて生きる力(=国際性)

 戦後教育において、「自らの力で生きる力」と「国境を越えて生きる力」が大きな指針に挙げられたことはありませんので、国も時代の流れに即した教育を目指すようです。
 そして、この「国境を越えて生きる力」を育むことを目的とし、2002年度より「総合的な学習の時間」内で、国際理解教育を目的とした「小学校英語活動」が解禁となりました。

 3年経った現在はどうかと言いますと、日本国内の約70%の小学校が何らか「英語活動」に取り組んではいるようですが、質・量共に学校間でかなりの格差が出ています。

 なぜ格差が大きいかと言いますと、原則小学校英語活動を行うかどうかは、各小学校の学校長の判断に委ねられていますし、また各市町村の教育委員会の予算に関わるからです。

 例えば、外国人講師を有効活用して、積極的に英語活動を推進したいと思う小学校があったとしても、市で予算が組めなければ実現できません。また小学校英語に関わるノウハウは文部科学省にもありませんし、各小学校の自由意志に委ねることを原則としていますから、現場レベルでカリキュラムを組むことも非常に大変な作業です。

 そのため、文部科学省は2000年度に、国の「委嘱事業」として、「地域ですすめる子ども外国語学習推進事業」を展開しました。「国の補助金を活用し、行政と民間が協力して来るべく小学校英語の実験をしてください」といった趣旨の事業です。

 愛知県では、教育改革で有名な「犬山市」がこの事業を実施し、私は、NPO教育支援協会の立場で、カリキュラムの作成、外国人講師の手配及び研修、レッスンの運営をさせていただきました。この事業は全国的に注目を浴び、その後2001年度から3年間は犬山市の事業として継続しました。現在犬山市では、小学校担当の外国人講師を2名、市で採用し、小学校英語を実施しています。しかし、こうした自治体はまだまだ非常に僅かです。

 文部科学省のある方はオフレコでこんなことをおっしゃいました。「21世紀の日本経済を考えたとき、国力を維持するのに日本人の英会話能力の更なる向上は不可欠。シンガポールのレベルまでには程遠いが、お隣の韓国・中国には追いつかなければいけない。ただし、公教育では、少なくとも15年以上はかかる。」

 私は民間の立場で特に児童英語教育に携わっています。幼稚園児~小学生が中心ですが、非常にたくさんの子どもたちが英語を習っています。運営サイドの人間がこんなことを言うのは何ですが、日本人の英語コンプレックスには驚かされます。ご自身の英会話コンプレックスから、我が子には自分のようになってほしくないという願望を抱かれる保護者が結構いらっしゃいます。

 また、「目指せ!バイリンガル!」とか「今日からあなたも国際人!」と言った、消費者の耳には心地良く響くかもしれませんが、非現実的なキャッチコピーを用いて生徒募集を展開する英会話教室も多く見られます。
 
 確かに幼少期の子供たちは大人に比べれば遥かに柔軟です。大人にとっては、「言葉の違い」は時として「言葉の壁」になってしまいますが、子供たちはその障害をいとも簡単に乗り越えていきます。幼少期に外国人と楽しく触れ合う機会があれば、外国人に対して妙に緊張するとか、違和感を持つこともなくなるでしょう。また、何年か継続して学習すれば、それなりに英語も身についていくことでしょう。しかしながら、この程度のことでバイリンガルや国際人になるなどということはあり得ません。

 現在、「人、物、金、情報が国境を越えて急速に移動」しています。これを「グローバリゼーション」とか「グローバル化」と呼んでいます。そして現在、日本の教育界でも、「国際人」の養成が俄かに脚光を浴びています。

 経済のグローバル化の現場には人と人の関わりが存在し、当然のことながら、そこにはさまざまな軋轢が生じます。共通の経済活動下に置かれている立場の者同士でも、各々のバックボーンである宗教、歴史、文化、価値観、思惑等が違う訳ですから、相互理解がときに困難を極める場合もあるでしょう。その隙間をいかに埋めていけるか、またそうしたアプローチの術を備えているかどうかが、「国際人」としての資質だと私は思っています。

 一宮や岐阜には多くの繊維関係の企業があります。私の知人にも岐阜で繊維会社を経営されている方がいますが、中国に生産の場を移す過程において相当なご苦労をされました。

 言葉はできたに越したことはないでしょうが、仮に言葉ができなくても通訳を介して、相手の主張にも理解を示しながら、こちらの意見を毅然と主張し、議論を繰り返しながら合意点を見出すしかありません。そしてこうした作業ができる人が国際人と言えます。
日本国内でより多くの国際人を養成していくには、英語能力の育成以外にも、さまざまなアプローチが必要です。

 私は外国人講師を有効活用した英会話事業に携わって約15年になります。日本国内で採用した英語圏の外国人は延べ300人を超えます。いろいろな外国人がいます。トラブルも数々経験しました。やはりバックボーンの違いは大きいものです。特に宗教感は日本人と大きな違いがあります。この領域(宗教の話題)は外国人同士でも日常生活においてはタブーとされています。つまり話題にしないということです。それ程繊細な問題です。

 基本的に我々日本人は一神教ではありません。しかし、多くの場合、外国では一神教です。我々日本人は唯一の絶対神に帰依する文化をもっていませんが、その代わり自然物にさえも神の存在を感じたり、畏怖の念を抱きます。自然と共生し、話し合いで合意を見出すことを良しとする文化です。
 ちなみに古代ローマも多神教国家でした。およそ30万の神々がいたと言われています。周辺の地域を武力で征服し、ローマ流を押し付けるのではなく、それぞれの地域の宗教をも抱合する形をとったからこそ、巨大なローマ帝国を築くことができたとも言われています。

 10年以上前のことですが、ある日、私が非常に世話をしてあげたと思っていた外国人が契約を破棄したいと私に申し出てきました。私も若かったので、「あれほど君に親切にし、また世話をしたのに、どうして不義理をするのか?私に対して感謝の念はないのか?」と、つい詰め寄ってしましました。そのとき彼は、大真面目な顔で「日本という外国に来て、あなたのような親切な人間に巡り合わせてくれた神(GOD)に感謝しています。」と言いました。私はその思考に大きな衝撃を受けたことを今でも覚えています。これは非常に稀なケースですが、ときに宗教は人にこうした思考をもたらすこともあります。

 宗教を抜きにして、私が雇用した英語圏の人たちは、概して①個人主義、②家族第一主義、③契約第一主義だと感じます。

 ①英語圏の人たちはまず、「I(私は)」という人称代名詞で物を言います。日本のように他者との関連性から立場を考えながら思考することはありません。「己」の存在を重んじます。
 この点は言語そのものの特長にも現れているように感じます。英語は「主語=主体」に重きが置かれ、日本語は「述語」に重きが置かれています。

 ②現在日本社会におきましても、若い世代には家庭第一主義といった価値観が増えつつあるようです。私自身、これは個人の自由だと思っていますので、非難する気は毛頭ありませんが、少なくとも私などは今日に至るまで家庭より仕事を優先させてきた典型的な日本人の一人です。
 しかし、英語圏の人たちは違います。家族第一主義です。基本的に、仕事は換えられても家族は換えられないものと位置付けているのでしょう。(しかしながら、離婚率は欧米の方が日本より高い。)

 ③英語圏の人たちは基本的に異民族国家を形成していますから、彼らにとって自己主張は是とされており、小学生の頃から「DEBATEディベート(討論)」の訓練を受けます。国によっても違いはありますが、概して英語圏の人たちは日本人に比べ強く自己主張をします。国際社会において、日本が主張下手なのは、その国民性と教育に拠るとことが大きいとつくづく感じます。

 また、ジョン・ロックの影響だと思いますが、英語圏の国々は基本的に契約社会です。
 野球の大リーガーになるのに、相当分厚い契約書を取り交わすのは有名な話ですが、彼らにとって、契約書は最も重要なものです。契約書に記載されている内容通りでなければならないのです。日本人のように、その場その場で話し合い、合意点を見出すなどという文化はありません。

 私が随分以前に外国人から指摘されたことに、日本の「誠意条項」がありました。日本の契約書では慣例として、最終条項に「本契約に定めなき事項及び疑義が生じた場合には、双方誠意をもって話し合い、その解決にあたる」といった内容を記載しますが、これは、彼らにとってはナンセンス極まりない条項として映ります。
 
 つまり、契約書とは考えられるトラブルの対処法を全て盛り込むものであって、契約書に記載されていない案件でトラブルが生じた場合には、裁判しか方法がないと考えます。

 私は、契約書については、日本の企業も世界標準レベルを目指すべきだと思っています。詳細事項のない契約を交わしたために、最終的にはドロドロの訴訟劇になってしまうというケースが日本には実に多く存在します。ここまで細かく取り決める必要があるのかと思うくらい詳細条項を盛り込んだ契約書を交わした方が、結局将来的に双方良い関係を築いていけるのではないでしょうか。

 長々と話して参りましたが、私は民間教育機関の立場で英語教育に関わりながら、日々次のように考えています。

 21世紀の日本の政治・経済を考えたとき、アメリカ及び中国(+アジア諸国)といかに上手に付き合うかが鍵になることは誰しもが認めることでしょう。すでに対日貿易高は中国がアメリカを抜いています。

 資源の乏しい日本では「人」こそが資源です。少子化と教育の荒廃は日本の将来に暗い影を落としつつあります。学校教育だけでなく、地域、家庭が連携し、今一度子供たちの教育に目を向けなければ、日本の更なる発展は望めません。

 一昔前、英語が母国語ではない国で、国を上げて真剣に英語教育を行い、驚くべき成果を上げた国の代表例としては、スウェーデンやシンガポールがあげられます。ほぼ全国民が英語を操ることができるようになっています。

 特にシンガポールは資源の乏しい小国です。この小さな国が世界の商業都市として機能するためには、世界共通語である英語の習得は不可欠でした。シンガポール人の英語は今や世界的に認められており、「シングリッシュ」などと呼ばれています。そのお陰で、今や、アメリカの通販会社のハブ機能がシンガポールに移される程になりました。一昔前は、概して「経済小国」がこぞって英語習得を目指したものです。日本のような「経済大国」には必要ありませんでした。なぜなら、「Money Talks.=お金が物を言う。」からです。

 しかし、昨今事情が変わりつつあります。お隣の中国・韓国はここ15年の間に、国家を上げて英語教育に取り組んできています。そして中国・韓国の製品は全世界に流通しています。

 厳密には客観的な判断材料とは言えませんが、世界的に認知度の高いTOEFLの結果では、日本の受験者の結果はアジア21カ国中18位と低迷を極めています。TOEICにおきましても、アジア16カ国最下位といった結果です。シンガポール・マレーシア・中国・韓国などのアジア諸国において、およそ国力の上昇にある程度比例して国民の英語力が上昇しているのに比べ、日本はほぼ横ばいです。

 英会話能力のみならず、ITのグローバリゼーションに伴い、インターネットやメールを通して英語を使わざるを得ない現状から、企業は従業員に対し、総合的な英語力を求めています。身近な企業ではトヨタ自動車が社員の昇進にTOEICを課しています。
 
 より多くの国際人を輩出するためには、ある程度の語学力を養成する教育は必要でしょう。しかし、その前段階において、「日本を知り、日本を愛し、日本人としての誇りが持てる」ような教育が何よりも必要です。日本人としてのアイデンティーを確立できないで国際人にはなれません。単なる「外国かぶれ」を排出するわけにはいきません。今の若者はどれだけ日本のことを知っているのでしょう?日本が好きでしょうか?日本人としての誇りを持っているのでしょうか?

 現代は規制緩和、地方自治の流れにあります。私は、国(文部科学省)主導型の教育一辺倒ではなく、もっと柔軟性と活力に満ちた地方自治主体教育への早期移行を望む者の一人です。

 極端な例ですが、かつてアメリカは州立学校の荒廃の局面を打破するため、公教育の運営を民間に委託する「チャータースクール制」をとりました。

 我々は教育を国任せ、教育委員会任せにしすぎてきました。今こそ、ロータリークラブの皆様を始め、地域住民、民間教育関係者等が積極的に行政に働きかけ、行政-民間連携による新たな「地方自治教育」を築くべく行動を興すときではないでしょうか。

 10年という歳月をかければ、「一宮市在住の公立中学3年生の多くが、日常会話レベルならある程度英会話ができる」といった姿(=中国の現状)は非現実的なものではありません。地域活性は公共事業や産業だけではありません。教育の分野では少ない予算で目覚しい成果を上げることが可能です。21世紀を支える有用な人材育成は何よりも大切なテーマです。
 
 皆様方の地域でのご活躍を心よりご祈念いたします。


2007年11月27日(火)

[Isao Honda]

記事リスト


コンテンツ

RSS1.0 powered by a-blog

[Login]


ページのトップへ ページのトップへ


OCEAN GLOBAL NETWORK 株式会社 オーシャングローバルネットワーク
〒452-0814 名古屋市西区南川町72 サウスリバービル3F Tel:052-506-9077 Fax:052-506-9078