本日 10月19日 OCEAN FESTIVAL 2008 行います。
おはようございます。
本日、予定通り、OCEAN FESTIVAL 2008を予定通り行います。
おかげさまでいい天気になりました。
日中は暑いくらいかもしれませんが、夕方には肌寒くなることが考えられますので、簡単な防寒の用意をお願いします。
それでは、気をつけてお越し下さい。
よろしくお願いします。
4. 「楽しいレッスン」を考え直す
英語ゲームは有効か。
子どもたちにとって、英語はそもそも興味の対象。
単なる興味を「学習意欲」へと育てることが大切。
学習意欲を高める「楽しい」レッスンとは。
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「そもそも英語はどうやって身につくのか」、という根本的な問い。
「私たちの考え方」という、ちょっと堅苦しいタイトルになっていますが、ここでは、お子さまの英語学習を考えていただくにあたって、最も大切なことをお話しします。
それは、「そもそも英語はどうやって身につくのか」という根本的なテーマについてです。
そもそも英語はどうやって身につくのか。「自然に」身につくのか、それとも「意識的な学習によって」身につくのか。この問いは重要です。なぜなら、どうやって英語習得を目指すのかは、この問いから逆算されるはずだからです。
もし「英語は自然に身につく」と考えるのなら、それにふさわしい形で英語に接するべきでしょう。反対に「自然には身につかない」と考えるのなら、その点を踏まえた習得法を考えるべきだと思います。
この問いは、レッスンの基本方針を決めるものとして、あらゆる語学スクールにとって重要なはずです。また、同時に、お子さまの英語習得を見守っていただく保護者の皆さまにも、改めてお考えいただきたい点です。
やや小難しい話にもなってしまいますが、以下の記事をご一読いただければ幸いです。
1.英語は自然に身につくのか
「自然に身につく」という幻想
英語ってどんなふうに身につくとお考えですか。「幼いうちにスタートすれば、自然に身につくんじゃないの?」と、お考えの方も多いのではないでしょうか。英語教室や英語教材の宣伝文句でもよく目にしますし、保護者の皆さまの間にも根強く存在する考えです。
この「自然に英語が身につく」というのは、おそらく「意識的な学習を必要とせず、母語のように、知らず知らずのうちに英語が身につく」という意味でしょう。英語を学び始めてから何年かすると、無意識のうちに簡単な英語を口にし始める、というようなイメージかもしれません。たしかにそうやって英語が身につけば素晴らしいですね。人間の能力の神秘みたいなものを感じさせる、魅力的な考え方でもあります。
でも、私たちはこれを、現実的ではない幻想のようなものだと思っています。まず、この点について私たちの考え方をお話しましょう。それが私たちオーシャンをご理解いただくための近道だと思います。
念のためお伝えしておきますが、「自然に」に無理があるという話であって、英語習得そのものが無理だと言っているわけではありません。「英語はこうすれば身につく」ということについても、分かりやすくお話ししますので、ご安心ください。
注意すべき二つの点
さて、「自然に英語が身につくかどうか」。このテーマについて考える時には、必ず二つの点に気をつけなければなりません。その二点とは、「『英語が身につく』をどんなレベルだと考えるのか」ということと、「どんな環境を前提にしているのか」ということです。
世の中には、「英語は自然に身につく」という意見もあれば、「自然には身につかない」という意見もあります。それぞれの意見に耳を傾ける際に注意すべきことは、どの程度のレベルを指して「英語が身につく」と表現しているのか、という点です。
「環境」についても同様です。どんな言語環境を前提として、「自然に身につく」あるいは「自然には身につかない」と言っているのか。どんな形でどれくらい英語に接することを想定しているのか。この点をはっきりさせずに述べられている意見には、意味がないし、誤解を招く危険があると思います。
2.「自然に身につく」の限界
簡単な英単語や表現は、自然に覚えられるが…
たとえば、子どもたちは簡単な英単語であれば、恐竜やゲームのキャラクターの名前と同じく、すぐに覚えてしまいます。そんなに努力している様子は見られないので、これらの英単語が「自然に身についた」と表現しても間違いとは言えないでしょう。
ただ、冷静に考えれば、身についたのはいくつかの英単語だけです。それだけでは使い道がありません。保護者の皆さまも英単語が自然に身についたからといって、「英語が」身についたとは考えられないでしょう。では、英単語ではなく生活の中で実際に使える英文だったらどうでしょう。
生活の中で使える英文とは、たとえば、What's wrong?(どうしたの?)とか、Mam, is dinner ready?(お母さん、夕飯できた?)とか、It's time to get up.(起きる時間ですよ。)のような英文だとしましょう。初心者向けの英会話集に載っているようなものです。
これらの英語を日常生活の中で口にするようになると、「いよいよ英語を話し始めたぞ!」と期待が膨らむかもしれません。子どもたちにとって、これらの英語を覚えることはそんなに難しくありませんから、教えれば、そして促せば、普段の生活の中で覚えた英文を使ってみる子どもも出てくるでしょう。その場合、これらの英文が「自然に身についた」と言うことはできるかもしれません。
「身につき始めた」と実感できるレベルについて
しかしながら、これでもまだ、「英語が」身についたという状態にはほど遠いわけです。お決まりの英文を場面とセットで丸暗記しているにすぎないので、自分の言いたいことに合わせて英語を組み立てることはできません。子どもたち自身にしてみても、英語を使っている実感はそう得られないと思います。
やはり、自分の言いたいことを片言でも言えたり、あるいは初めて聞く英語の内容が少し分かったりすることをもって、「英語が身につき始めた」という実感がわくのではないでしょうか。つまり、「英語が身につく」と言った場合、最低でもこの程度を期待するのが、一般的な感覚だと思います。
もちろん、これは言葉の定義の問題であり、どのレベルの英語力をもって「英語が身についた」と考えるかは、各人の自由です。ただし、「自然に身につく」とか「身につかない」と述べる際には、どの程度の英語力を前提にしているのかを、はっきりと示すべきだと思います。
4.英文法は自然には身につかない
日本に住む一般的な子どもにとって、英語は外国語
では、英語習得のポイントとなる英文法の理解は、自然に得られるものなのでしょうか。
この点を考える前に、冒頭の「注意すべき二つの点」で述べた二点目を、はっきりさせておきましょう。すなわち、どんな言語環境を前提とするのか、という点です。日本に住んでいて英会話教室に週に何回か通う子どもと、英語圏で生活している日本人の子どもとでは、言語環境がまったく異なります。当たり前のことですが、この点を混同してはならないと思います。
もちろん、私たちが想定としているのは、「外国語として英語に接する環境」です。なぜなら、英語を習い始める子どもたちの多くにとって、これが一般的な環境だからです。両親あるいはその片方が英語を話す家庭だとか、長い海外生活の経験がある帰国子女とか、そういうケースは除いて考えます。
また、週1回とか毎日2時間とか、英語に触れる頻度も関係するだろう、と思われる方がおられるかもしれません。しかし、身につく程度やスピードには多少の差が生じるでしょうが、「自然に身につくかどうか」についての結論は変わらないと思います。いずれにしても、英語が外国語であることに変わりはないからです。
母語環境と外国語環境の決定的なちがい
私たちにとっての母語である日本語は、日常生活の中で「自然に」身につきました。それは、日本語の文法を身につけるための言語体験が、生活の中で十分に与えられていたからです。あるいは「自然に」身についたように見えて、実は日常的にトレーニングを繰り返していたと言えるかもしれません。
最初は、見よう見まねというか、聞きよう聞きまねで、ともかく言葉を使ってみる。それを繰り返したり、訂正してもらったりしながら、少しずつ正しい使い方ができるようになる。だんだんとスピードも速くなってくる。これが可能だったのは、どっぷりと日本語に浸かって生活をしてきたからです。
さらに母語の場合、それが生活に欠かせない、という点も忘れてはなりません。「身につけないことには生活が成り立たない」といった切迫した状況が、母語については存在するのです。
一方、外国語の場合、その言語に触れる時間は母語に比べてはるかに少なくなります。また、その言語を身につける必要性も母語とは比べものになりません。つまり、母語の場合とは異なり、文法を「自然に」身につけるだけの十分な言語体験が、量的にも質的にも決定的に不足しているのです。
単に時間だけを比べればよいというわけでもないでしょうが、多くの学者が言語に触れる時間について計算しています。たとえば、「母語環境ではその言語の基礎が身につく5歳くらいまでに、少なくとも2万時間を超える言語刺激にさらされる。一方、外国語として英語に毎日3時間接したとしても、同じだけの時間をカバーするには18年くらいかかってしまう。」というようなものです。
外国語環境において、英文法は自然には身につかない
「日本人は日本語の文法を自然に身につける」、あるいは「アメリカ人も文法など意識せずに英語が使えるようになる」。これらの意見については、否定する余地はありません。その通りです。しかし、それらは母語環境だから可能だったのです。
日本でふつうに生活する人にとって英語は外国語環境として存在します。それは、英文法を自然に学び取るための十分な言語体験が、質的にも量的にも決定的に不足していることを意味します。このような環境でも、簡単な英単語や表現くらいなら、「自然に身につく」でしょう。しかしながら、英文法の理解を経験則から得るには、言語体験の絶対量が圧倒的に足らないのです。
そうすると、「言語体験の絶対量をもっと増やせばいいのではないか」、つまり「母語環境に近い環境を与えてやればいいのではないか」と考える人もいるでしょう。しかし、母語環境と外国語環境の差は、レッスン時間をちょっと長くするとか、週あたりの回数が増やすとか、家庭でできるだけ英語に触れる時間を作るとか、そういうことで埋めることができるものではありません。
帰国子女や国際結婚をした親を持つ子どもたちでさえ、日本で暮らしつつ英語を自然に習得することはそう簡単ではないようです。それくらい、母語環境に匹敵する環境を用意することは難しいのです。
インターネットで検索すると、「英語子育て」などと呼ばれるものに多くの人が興味を持っていることが分かります。実際に試みる人も多いようです。もちろん中には成功例もあるはずです。しかし、そのための時間的・労力的・金銭的な負担が相当であることは、もっと認識されるべきでしょう。さらに、失敗例というか、失敗というレベルにも至らずに断念した例も、かなりあるはずだと考えるべきでしょう。
補足としてイマージョン教育のこと
せっかくなので「イマージョン教育」についても少しだけ紹介しておきましょう。「英語は自然に身につくか」というテーマに関連するものですし、お子さんの英語教育に熱心な方なら、気になっているおられる言葉だと思うからです。
「イマージョン教育」の正確な定義や分類は、他のウェブサイトなどを見ていただくとして、それを一言で言えば、「目標とする言語を使って他の教科なども学び、その言語に浸りきった状態(イマージョン)でその言語を身につけようとする教育方法」です。つまり、数学や理科などの教科も授業は英語で行われるのです。
日本では加藤学園がその先駆例として有名で、賛否両論ありますが、ともかく注目されている取り組みだと言えるでしょう。私たちに分かることは、母語環境に匹敵するような環境を本気で作り出そうという取り組みであること、そしてそれは「自然に楽しく」とは別次元のものであること、金銭的にも労力的にもかなりのコストがかかること、くらいです。
このイマージョン教育の是非を語るだけの経験や知識は、私たちには到底ありません。ただ、保護者の皆さまにお伝えしておきたいことは、このイマージョン教育という言葉を宣伝文句に使った英語教室や英語教材が出てきているということです。「幼いころから始めればネイティブ並みの英語力も夢ではない!」という宣伝文句を、「いま最も注目されているイマージョン教育を取り入れた!」に取り替えただけのような業者は信用ならない、ということです。
幼児期は「イマージョン教育」を掲げる100%英語保育のプリスクールに入れて「自然に身につく」ような気がしたけれども、小学校に入学してからは同様の英語環境を用意することができず、結局は英語学習そのものが自然消滅した、というのはよくある話です。
5.英語を外国語として学ぶ
外国語には外国語にふさわしい習得方法がある
繰り返しになりますが、前項で述べたことをまとめてみます。
日本でふつうに生活する人にとって英語は外国語です。これが母語のように自然に身につくと考えるのは現実的ではありません。なぜなら、英文法を自然に学び取るための十分な言語体験が得られないからです。英文法は英語習得に欠かせないものであり、英文法を身につけない限り「英語が身についた」と言えるレベルに達することはありません。
しかし悲観する必要はありません。「母語のようには身につかない」ということは、裏を返せば「母語のように身につける必要はない」ということです。母語には母語の、そして外国語には外国語の習得方法がある、と割り切って考えるべきでしょう。
考え方の違いがレッスンにどう影響するか
「自然に英語を身につけよう」という考え方は、基本的には母語の習得過程を再現しようという考え方です。ネイティブスピーカーの子どもが英語を身につけていく過程をモデルとしていますから、英語を「意識して学ぶ」という状態をむしろ好ましくないものと考えたり、お絵かきなどのアクティビティを通じて英語に触れさせようとする傾向があります。
このようなレッスンは楽しそうですし、一見合理的にも見えます。そして、最初にも書きましたが、「英語が母語のように、知らず知らずのうちに身につく」という言い方には神秘的な魅力があります。
しかしながら、外国語習得において母語環境をモデルとしている点で、やはり無理があるのです。その無理が具体的に表れる例が、たとえば「意味をどう理解させるのか」という問題です。
日本語を介さずに理解させることが可能か
たとえば、mother という単語を絵カードで教えるとします。赤ちゃんを抱っこした女の人が描かれているような絵カードです。子どもたちはすぐに mother という単語が「お母さん」を意味することを理解するでしょう。もちろん「お母さん」という日本語を使わずに可能です。
しかし、これは英語のネイティブスピーカーが mother の意味を理解する過程とは全く異なります。子どもたちは既に「お母さん」という日本語とともに、「お母さんという概念」を理解しており、その概念に mother という英語を結びつけているだけなのです。そして、日本語を見える形で使わずに済んだのは、motherが絵カードで表しやすい英単語だったからです。
おそらく「cousin=いとこ」となると、絵では表しにくいので、結局は日本語を使うことになるでしょう。たとえ、絵やジェスチャーを使って何とか意味を伝えたとしても、子どもたちが「いとこ」という日本語を通して理解していることは明らかです。
百歩譲って、上のような単純な名詞については日本語を介さずに理解できるとしても、動詞や時制などについては不可能でしょう。「日本語を介さずに英語を理解する」という状態は、外国語として英語を学ぶ環境においては、簡単に実現できるものではありません。実現できているように見えても、実際には絵カードやジェスチャーを日本語の代用として使っているにすぎないのです。だとすれば、この点に貴重な時間を割く必要はない、というのが私たちの考えです。
日本語で意味を認識した上で、練習するのが合理的
この過程を、「日本語を介さずに、英語を英語のまま理解する練習として大切だ」という意見もありますが、母語環境をモデルとすることに固執しすぎていると思います。「意味の認識」という最初の段階において、日本語を介在させたとしても、練習の絶対量を確保すれば、いちいち日本語を頭に置くことはなくなります。
たとえば、多少の学習経験を持った子どもたちなら、 What's your name? - My name is Takashi. というやり取りを英語で行うときに、日本語をいちいち頭に浮かべることはないでしょう。これが、When is your birthday? でも、What are you going to do this weekend? でも、練習量が確保されていれば同じだと思います。
それなりの英語力がある大人であれば、簡単な英文を読むときにいちいち日本語に置き換えることはありません。また、英語を話す場面でも、使い慣れている表現ならば日本語を意識することはないでしょう。要は、意味を理解した後に、練習の絶対量をしっかりと確保することが大切なのだと思います。実際のところ、「日本語を介さずに英語を学ぶべきだ」という考え方は、大人の英語学習においてはもやは主流ではありません。
「英語は自然に身につくのか」については、私たち自身にも迷いがありました。いろいろと考えた末、「自然には身につかない。英語習得は意識的な学習の成果だ。」と結論を出し、レッスンのやり方を大きく変えました。そして、私たちの考えに合う教材がなかったので、自分たちで作ることにしたのです。
以来、目に見えてレッスンの成果が上がるようになりました。意味を理解させることに無駄な時間を使わないので、口頭練習により多くの時間を割くことができるようになったのです。このあたりの話は、教材販売の「開発ストーリー」にも書いています。よろしければお読みください。
6.英語の基礎をきちんと学ぶ
肝心の英文法をどう身につけるのか
さて、英語が「使えるレベル」に達するには、英文法の理解がどうしても必要であることはお話しました。私たちが「英語は自然には身につかない」と結論づけたのは、この英文法を自然に身につけることが難しいからでした。では、その英文法をどうやって身につければいいのでしょうか。
母語の場合、膨大な実践の中からほぼ無意識に言語の仕組み(=英文法)を発見し、それを使いこなせるようになります。外国語環境の場合、言語体験の絶対量がはるかに少ないため、この仕組みが自然には身につきません。そこで、「まず仕組みを先に学び、それからその使い方を練習する」という手順を踏むことになります。
前提となる体験と、練習する機会を与える
これには二つほど重要なポイントがあります。一点は、仕組みを先に教えるといっても、多少の体験はそれよりも前に与えておくべき、ということです。そしてもう一点は、英文法の使い方を練習する場が与えられるべき、という点です。
まず、一つ目についてです。ちょっと場違いな比喩ですが、カレーライスの作り方を誰かに教えるとしましょう。カレーライスがどんなものかを全く知らない、食べたことも、見たこともない。そんな相手に対して作り方を説明するのは結構大変です。相手にとっても予測が働かないので、途中で「なんだ煮込むのか。」とか「あの黄色い固まりは何だ?」とか「ええっ、ご飯にかけて食べるのか!」とか思うでしょう。これでは相手も理解しづらいので、ふつうは「まず先に食べさせてから教えよう」となるはずです。つまり、英語の場合も多少の体験が先にないと、イメージをつかむことができず英文法を理解しづらい、ということです。
次に二つ目ですが、英文法を一応理解した上で、それをスムーズに使いこなせるように練習する機会が必要です。これが用意されていないと、使えるレベルで英語を身につけることができません。また、動機づけの面からも実践の場を用意することは大切です。カレーライスの作り方を習うにしても、実際に自分で作ってみる機会は必要だろうし、それがないと説明を聞く時にも身が入らないだろう、ということです。まあ、カレーの話はもういいんですが。
実は、私たちオーシャンがレッスンでやっていることは、上に書いた二つのことなのです。より細かく言えば、一つ目は小学生についての話、二つ目が中学生についての話ということになるでしょう。そして、この二点が、従来および現在の学校における英語教育で欠けている部分だと思うのです。
中学レベルの英文法で言えること
ここまで「英文法」という言葉を何度も使って説明してきましたが、具体的にそれがどんなものなのかイメージしにくかったかもしれません。そこで、「中学レベルの英文法がきちんとできればこれくらいのことが話せる」という例を、少しですが挙げてみます。
・あなたのお祖母さんはどこに住んでいますか。
・明日の朝は6時に起こしてください。
・一週間に何コマ英語の授業がありますか。
・私たちはふつう朝食にご飯を食べますが、今朝はパンを食べました。
・ここに駐車してはいけません。向こうの角に駐車場があります。
・彼はなぜ警察に行かなければならなかったのですか。
・英語を身につけるための一番いい方法は何ですか。
・冷たい水を一杯いただけますか。
・私たちは毎年海外旅行に行きます。あなたは他の国に行ったことがありますか。
・私は大きな窓のある部屋を探しています。
これは、ほんのほんの一部ですが、これくらいがサッと言えるレベルというのは、まず目指すべき目標として悪くはないと思うのですが、いかかでしょうか。
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